Never-Ending Italian Design
この言葉、ネバーエンディング!なんて、最近耳にしない。
1976年に設立されたイタリアのデザイン集団
ALCHIMIA (アルキミア)
Never-Endhingという言葉は、おそらく、80年代に時代とともに、
なくなってしまっただろう。
70年代から80年代後半にかけて「Never Ending」ということばは、ファッションにおいても、建築においても、
各デザイン、メディア、エンターテイメントにおいも、
あらゆる分野で、ここぞとばかりに使用された。
一種の時代の象徴であったと考える。
では、なぜNever Endingだったのか?
なぜ、この言葉が時代にフィットしたのか?
それを考えると、
70年代から世界のスタイルが変わり、
表現の世界においても、
創造性が豊かであった。
つまり、何かを作れば新しい時代だったと考える。
モノがあふれだして、つくってもつくっても、まだまだ足りないような、
世界は大消費時代を迎えるわけである。
その時代には天井を知らない。
限界がない。
もちろん、公害も、環境汚染も、
世界の発展に言いかえられる。
大量生産は大量消費は、豊かさの象徴である。
そんな創造性豊かな時代は、
モノ創りに対して、リミットがあるなんて想像もつかなかったのだろう。
自ら打ち出したモノは、
これから100年も1000年も続く。
そのような思想のもと、ある意味で、自分の生み出したものは一生モノ
という覚悟のような、感覚だったのかもしれない。
そして、それらのものは、確かに人々の心を打っていった。
モノ創りに対して、永遠に続く保証の夢を抱いていたのかも、しれない。
一方、今日においてはモノ創りは、
企業同士のコラボレーションだったり、
主要部分のみアーティストを招いた形の、
ジョイントデザインが目立つ。
もちろん、社会的な背景や、供給過剰、飽和状態の市場が一つの要因となって生み出した現象だが、
モノは、サーフェスデザインのみに価値がおかれ、
最後のロゴの刻印を押すことにプライオリティがつけられている。
Never Ending?まったく意味を持たない。
限られた時間に限られた個数をるくるだけ。
限定品という名のもとに、逆の意味では企業が在庫や、その他リスクのヘッジングをしている。
コラボレーションは効率がいいから、企業が生きていくためには、
とても良い手法だと思う。
顧客シェアもできるし、
新しい想像も、場合によっては可能である。
しかし、70年代のイタリアンデザインなどを見てしまうと、
ここ最近の動きに関しては、少し寂しさがある。
覚悟をきめてモノを作っていた時代。
自分たちのものが、100年も1000年も生きるものだと信じて、
生き生きと、青くなりながらNever-Endingなんていう名前をつけて作っていた時代。
やはり、輝かしい。
合理性、最小限のリスク、
御膳立てされた中での
サーフェスデザインでの完結、
そんなことメインに世の中が動いているって考えると、結構、安っぽい。
今の時代に、
腹くくって、デザインしている、モノつくっている、
そんな生きている、臨場感のある、デザイナーを尊敬するのは、もちろんだが、
そんなデザイナーを重宝し、企業側の経営やマーケティング都合だけで製品をつくるようなことではなく、
クリエイターを、理解し活かしている企業は素晴らしいと思う。
<近日中にParis特集>
http://www.miu-cosmetics.com/
<Daylyはこちらより更新>
http://ameblo.jp/miu67/
